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三遊亭兼好独演会けんこう一番!春スペシャル [落語]

三遊亭兼好独演会けんこう一番!春スペシャル
於:大手町 よみうり大手町ホール

三遊亭兼好『宮戸川』
三遊亭けろよん『狸札』
三遊亭兼好『片棒』
田ノ岡三郎 & Reina Kitada ヴァイオリンと歌
三遊亭兼好『文違い』

毎年恒例のよみうりホール。相変わらずこのホールとはあまり相性がよくない気がする。定期があるからと東京駅から歩いてみたものの、階段を上がったり下がったり15分くらいかかる。電車も遠回りだし、ケチらずに普通に地下鉄でくればドアツードアで30分ちょいでこれたんだなあ。というか雨がちょぼちょぼ降るのがムカつく。降るならもっとちゃんと降れ。そうすりゃバイクをキッパリ諦められるのに。

兼好師の一席め、「街には明らかに新社会人とわかる人が溢れてますね。……これから地獄を見るんだと思うと気の毒ですがね」黒い黒い。
「初々しいですね。初々しいといえば将棋の藤井くん。まだ弱冠二十歳ですよ。見た目はあんな頼りなさそうなのに強いですねえ。しかもあの世界は厳しいというか、先輩に花を持たせたりしない。こないだも羽生さんとタイトル戦があって、羽生さんはタイトル100期がかかってた。藤井さんはこれからいくらでもとれるんだから、勝たせてやりゃいいじゃないですか。でもそういうことはしない。その厳しさがいいのかもしれませんね。噺家のように後ろの先輩にヨイショするためにわざと間違えたりしない」そんなことしてるんですか。
「名人戦もまず一勝して、これでもし名人になれば二十歳で七冠でしょう? ……モテるでしょうね。実際女性ファンが集まるんですけど、ジャニーズの追っかけのように騒いだりしない。彼は恋愛とか結婚とか興味ないんですかね。この先結婚するなら奥さんはファンの中から選ぶんですかね。それとも羽生さんみたいに芸能人とか……。すごくキレイな人がふたりいて、『どうしよう、ふたりの間に桂馬張りたい』とかいうんですかね」といらん心配も。
初々しいふたり、ということか『宮戸川』に。
お花が「締め出し食べちゃった」というのは小笠原流らしい。
久太叔父さんが家の前にいるお花に気づいたときのニヤーーーっとするときの表情がたまらない。
お花半七の若いふたりよりも叔父さん夫婦が昔を懐かしんで「昔はこれでも今小町と呼ばれたいい女だったんだがなあ」とか「おさらいの会で『できましたご両人、ご夫婦!』なんて言われて嬉しくて、今だから言うけどあのときちょっと漏らした」と仲睦まじい様子がしみじみと楽しい。

けろよんさん、無駄の少ない『狸札』。
サゲは誰の型なんだろう。けろよんさんでしか聴いたことがないので兼好師なんだろうか。

兼好師の二席め、人が亡くなっても相続する人がいないと国に取られるという。「イヤでしょ、これまでもさんざん国に取られてきたのに最後まで取られるって。皆さんも死ぬまでは落語に通って落語界にお金を落としていただいて、で亡くなってらどこかの協会に寄付していただく、というのが一番いい。あ、でも『恵まれない噺家に』ていうのはダメですよ。『恵まれないって基準はどこだ』ってなりますから。三Pアニさんとか、あんなにお金があるのに噺家としては恵まれていない……」とサラリと毒を吐く。
「とはいえいつ死ぬかわからないから、どれだけ残しておけばいいのかわからないというのはありますね」と『片棒』に。
金太郎の葬儀プランに「最後に抽選会で三P独演会が……」「いらん!」と盛り込まれるのが楽しい。
銀次郎のからくり人形は見るたびにどんどん精巧になっていく。今日はそろばんを弾いたり御破算にする動きが加わっていてとても楽しい。

田ノ岡三郎さんは兼好師の会ではお馴染みのアコーディオ二スト。ヴァイオリニストのReina Kitadaさんとデュオというか、なんとかオーケストラという構成なんだそうな。
『薔薇の日々』やオリジナル曲、『プカプカ』などを。あと一曲なんだったっけな……。
『プカプカ』って大槻ケンヂのカバーでしか聴いたことがなかった、というかカバーって知らなかった。

兼好師の三席め、「メールに『おじさん構文』というものがあるそうで。長文であること、句読点を使う、『〜だネ』『オハヨー』とかカタカナを使う、顔文字を多用する、というのがそうなんだそうです。で、私自分のメールみたら見事に全部当てはまってる」そうで。
「でも私にいわせたらなんで若者はあんな細切れで送ってくるんだと思いますよ。それとこの世界はまだお礼の手紙を手書きで書くという文化が残ってるんですが、先輩に『これを参考にするといいよ』っていわれたんでしょうね、例文そのままに秋の季節の挨拶とかで手紙がくる。それも同じ文面で複数の人からきたりする」。さすがに盛ってるだろうが、ありそうだとも思う。
「手紙をさらさらと筆で書くということには憧れますね」と手紙が重要なアイテムとなる『文違い』に。
いろんな人が「自分だけは騙されていない、アイツは騙されて可哀想にプププ」という状態になっているこの噺、ここでは描かれていないが、おすぎを騙した芳次郎、その芳次郎を騙した小筆も誰かに騙されているのかも……と考えると、やっぱり古典落語ってよくできてるなあと思う。
そんな風に思えるのも兼好師の語り口が軽妙で、聴いてその情景を頭の中に描きつつも他のことまで考えられる余裕まで残しているからである、と断じるのは贔屓の引き倒しか。
まあいいよ、とにかく兼好師はすごいんだよ! という小学生並みの感想で締めくくる。

まあこのブログ自体いろいろ知ったかぶってあーだこーだ言ったりしてるけど、結局のところは「兼好師は面白いなー」で七割方省略できるからね。
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